後鳥羽院政期の平安京と近郊の政治空間(2)
研究所 所報 第1号
島本町立第一小学校西側の水無瀬離宮(水無瀬殿)の馬場推定地
2025年3月31日
豊田裕章
第一小学校の西側100mほどの長さにわたって伸びるこの農地(写真1)をなぜ後鳥羽上皇の時代の馬場と推定するかについては、これまでの論考でも既に述べてきたのでここでは割愛する。
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図1は、写真一の辺りの鎌倉時代の風景をイメージして、原画を豊田裕章が描き、因ちえ子氏に作画していただいた試案である。馬場の向こうには『明月記』で小山と記された山があり、馬場の南西には低い檜垣で囲まれた馬場殿、その東には茅葺きの長廊という独立した長舎状建物を描いた。馬場の北側からは発掘調査で煮炊きなどに使う器具類が出土しているので、厨や「へつい殿」(釜屋)などが存在したものと推定した。
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(豊田裕章の原画にもとづき因ちえ子氏作画)